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四方山談義家の一日
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学習的無力感との戦い

2008/03/10 06:07
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土日は恒例の「九州いろり塾」の開催日でした。今回は、建築を習う若手の学生達がいろり塾に参加して、かまどづくりをしてくれた。
我々だけだとあまり活性化しませんが、若い人が参加しますと別のエネルギーが伝達されていいですね。

話は変わって、コーチングでよく使われる「川カマス」の話がでました。アメリカの軍事関係の機関で研究した内容で、水槽に川カマスを入れて、真ん中にガラスの仕切板を入れます。

そして、その仕切板の向こうに、えさとなるエビを入れると、カマスは餌めがけて突進してきますが、ガラス板に激突して「痛い思いをします」それを何度も何度も繰り返し学習しているうちに、次第に餌に飛びかかるスピードが遅くなり、意欲を失い、ガラスの向こうに餌を入れても反応しなくなります。

しまいには、体力を消耗して、水槽の下に横たわってクチをパクパクするようになり、そのうちガラスの仕切板をとって、目の前をエビが浮遊していても、全く反応しなくなります。これが、学習的無力感です。

 ところで、この学習的無力感に陥った川カマスに、餌を食べさせる方法がたった一つだけ見つかったそうです。どうすればいいと思いますか。?

 そうです。ガラス板の仕切を取った後に、別に体当たりしたことのない川カマスを入れることにより、餌が食べられることを見せてあげると「なんだ食べられるじゃないか」ということで再びエサを捕る努力をするようになります。

まあ、九州いろり塾も参加者は中高年が多い、社会で多くの困難や壁にぶち当たった人達である。常識、成功体験、失敗体験という壁を自分の中に多く築いてきている。そうした壁を壊してくれるのが、この建築を学んでいる学生達で、私達にとっていわばガラスにぶち当たっていない川カマスと言えるかもしれません。
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おい。なにやってんだ。

2007/08/28 07:48
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お土産の袋を奪われ、我が愛犬クッキーの遊び道具に。
手提げの紐がパカットあけた口の真ん中に入り、自分でははずすことができず、苦しんでいます。
おい。なにやってんだ。
しかし、この状態。よくみれば小生の行き方なのかも知れない。犬から見れば、人間の生き方てこんな風に写っているのかもしれませんね。

21世紀は科学技術社会であり、科学技術社会というのは、蓄積が可能なことから急速に進歩します。しかし、これを運用・保守管理するのは、天才がやるわけではなく一般の人が通常業務の中で対応するものですから、なかなかその技術とノウハウは蓄積ができず、進歩する科学技術とこれを保守点検する能力との間にギャップが生じてきます。ゆっくり進めば問題ありませんが、現代のようなスピード化され、効率化した社会では、小さな問題が大きくなり大パニックになります。
 こうした問題を防ぐために、これまた科学技術やマニュアルを備えて対応しようとしますが、社会としてそうしたシステムができあがっても、当の私たち人間が、弱くては、乗り越えられる危機も乗り越えられません。 私どもは、科学技術の進歩に依存した生活や学習、体験といったものを少し見直して、もう一本の足で、便利な社会が何かの折にストップした時に、生き抜く力を少しはぐくんでおく必要があると思います。
 ということで、崇高な理念の下「九州いろり塾」を開催しています。?
そうだったかなあ。単に新鮮な食材と酒を楽しむためだったけ?
まあ、どっちでもいいか。
「九州いろり塾サイト」
http://www.geocities.jp/yorontakeuchi/
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経験を積むとは

2007/08/06 07:50
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若いときは、「したいこと」と「できること」と「すべきこと」とがややもするとかけ離れていてバラバラです。このまま人生を過ごすと、何一つ思いを実現できません。 
 皆さんが、インターンシップを初めとして、これからいろいろ人生経験をより多く積むことによって、この「したいこと」と「できること」と「すべきこと」が少しづつ重なってきます。そして、この三つの円の重なりが大きくなったときに人は、パワーを最大限に発揮できます。
 、そうなるよう、常日頃から「自分は今なにができるのだろう」「自分がいましたいことはなんだろう」「自分が今すべきことはなんだろうという」ことを考えておく必要があります。
このバランス感覚が大切です。◆そして、成功するために一番大切なことはものは「自分にもできるという信念」と情熱、エネルギーを持っことが必要です。福岡市の西公園に幕末時代の福岡藩の志士、平野国臣の碑が建てられていますが、そこには、「我が胸の燃ゆる思いにくらぶれば煙はうすし桜島山」と書かれています。あの噴火する桜島をみてそう唄ったのですから、そうとう情熱を持っていたことが伺えます。皆様も是非、熱き情熱を持って下さい。
今からでも遅くありません。他人と過去は変えられないが自分と未来は変えることができます。

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楽天家と実行力

2007/08/05 09:03
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社会に出て、一番問われるのは実行力です。前に踏み出す力「行動力」です。俗に百聞は一見にしかず百見は一考にしかず百考は一行にしかずと言います。行動を伴ってこそ、知識が生きてくるものと思います。
 就職活動でも、第一歩のスタートができた人は、その企業を落ちても、「何だ、会社の面接や質問はこんなものか」と、度胸がつき、いくつもの企業にチャレンジできます。まずは、落ちてみるぐらいの軽い気持ちで臨んでみることが大切です。
 頭の中で、落ちたらどうしよう。パスするためには、あれと、あれを準備してからと頭の中だけでグルグル回しているだけでは、何も生まれません。
 また、どうせ私は、たいした大学は出ていないからとか。田舎者だからとか。人前でスマートに達振る舞えないからとか。自分で自分の中に壁を作って「あきらめて」しまっている人も、多く見受けれられます。あきらめが先行しては、何も生まれません。
 考え方はプラス思考で悲しみは わり算で、楽しみはかけ算
でお産は暗算×安産○で・・という気持ちをもっていれば少子化対策も大丈夫かと思います。
 
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The Window (窓)

2007/08/04 08:25
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The Window (窓) ウィンドウ

A great note for all to read. It will take just 37seconds to read this and change your thinking.
全ての方々に送る素敵なお話。読むのに37秒かかりますが、これであなたの 考えが 変わるかも知れません。

Two men, both seriously ill, occupied the same hospital room.
One man was allowed to sit up in his bed for an hour each afternoon to help drain the fluid from his lungs. His bed was next to the room's only window. The other man had to spend all his time flat on his back.
大変重い病に侵かされた2人が、同じ病室にいました。1人は、肺にたまった体 液を流 し落とすために午後1時間だけベッドの上で体を起こすことを認められていまし た。 彼のベッドは部屋の唯一のウィンドウ(窓)の隣りにありました。奥のもう一 人は仰 向けに寝るだけで起き上がることも許されていませ
んでした。

The men talked for hours on end. They spoke of their wives and families,their homes, their jobs, their involvement in the military service, where
they had been on vacation.
彼らはいつも、妻や家族や、仕事、兵役時代のことそして休暇、余暇の事を時 の許す 限り話をしました。

Every afternoon when the man in the bed by the window could sit up,he would pass the time by describing to his roommate all the things he could see outside the window. 毎日午後に、ウィンドウ側の男性が起き上がっている時に、彼は、彼の奥のル ーム メートに彼がウィンドウの外部で見ることができるものについてすべてを話して時間 を過ごしました。

The man in the other bed began to live for those one-hour periods where his world would be broadened and enlivened by all the activity and color of
the world outside.
窓から見て語られる外部のすべての活動や広がりや色彩によって広げられる生 き生き とした世界、それは、奥のベッドで横たわるだけの人にとって生きている実感 のある 1時間でした。

The window overlooked a park with a lovely lake Ducks and swans played on the water while children sailed their model boats. Young lovers walked
arm in arm amidst flowers of every color and a fine view of he city skyline could be seen in the distance.
ウィンドウからは美しい湖のある公園を見渡せました。子供たちがモデル・ボートをはしらせたしている湖面であひるや白鳥は戯れていまし た。また、若い恋人は、咲き誇る花の中で腕組をして地平線の素晴らしい風景をバックに散策をしているのでした。

As the man by the window described all this in exquisite detail, the man on the other side of the room would close his eyes and imagine the picturesque scene One warm afternoon the man by the window described a parade passing by.
Although the other man couldn't hear the band - he could see it. In his mind's eye as the gentleman by the window portrayed it withdescriptive words.
ウィンドウ側の男性がこれについてすべて精巧に詳細に記述すると、部屋の奥の人は じっと目を閉じ、絵のような場面を想像します。暖かいある午後、ウィンドウの人はパレードが通って行くところを語りました。 奥で横たわっている彼にはバンドを聞くことができませんでしたが?彼はそれを見ることができました。窓際の紳士が語るその言葉で心の目が窓からの風景を見ていまし た。

Days and weeks passed. One morning, the day nurse arrived to bring water for their baths only to find the lifeless body of the man by the window, who had died peacefully in his sleep. She was saddened and called the hospital attendants to take the body away
幾日か過ぎたある朝、沐浴のための水を取替えにきた看護婦は窓際に眠るように静か に横たわる魂の抜けた体に気づきました。彼女は悲しみ、その亡骸を運び出すために 介助士たちを呼びました。

As soon as it seemed appropriate, the other man asked if he could be moved next to the window. The nurse was happy to make the switch, and after making sure he was comfortable, she left him alone.
それが斎整と行われた後すぐに、残された奥のベットの男性は、ウィンドウ側のベットに移ってよいかを看護婦に尋ねました。看護婦は喜んで、ベットの移動をしました。
そして彼が、窓側に快適に横たわっていることを確かめた後に、部屋を離れまし た。

Slowly, painfully, he propped himself up on one elbow to take his first look at the real world outside. He strained to slowly turn to look out the window beside the bed. It faced a blank wall.
彼は、ゆっくりそして、痛みに耐えながら、実際の世界外部を初めて見るために起き上がろうと肘に寄りかかりました。そして、はじめてウィンドウの外を見渡すためにゆっくり頭を持ち上げました。 そのウインドウから彼が見たものは、味気ない隣のビルの壁でした。

The man asked the nurse what could have compelled his deceased roommate who had described such wonderful things outside this window. The nurse responded that the man was blind and could not even see the wall.
彼は驚き、死んだ友人がなぜあのような素晴らしい外の世界を語ることが出来たのか ?
(戻ってきた)看護婦に尋ねました。すると看護婦は、彼は、盲目で壁さえも見ることができ無かったと言い、

She said, "Perhaps he just wanted to encourage you."
そして彼女は、「たぶん、彼はあなたをただ勇気付けたかったのでしょう。」と付け加えました。

Epilogue: There is tremendous happiness in making others happy, despite our own situations. Shared grief is half the sorrow, but happiness when shared, is doubled.
エピローグ: 自分の状況にもかかわらず、他のものを幸福にする事に、すばらしい幸福がありま す。 共有される悲嘆は悲しみの半分です、しかし、共有された時幸福は2倍になります。

If you want to feel rich, just count all the things you have that money can't buy.
あなたが裕福を感じたい場合、お金では、測ることが出来ないすべてを思い起こすことです。

"Today is a gift, that's why it is called the present."
「今日は贈り物です。そのため、「現在」は「プレセント」と呼ばれます。」

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社会的使命感

2007/08/03 07:46
 
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 最近の統計によると、新卒者が3年以内に就職した会社を辞める割合は、高校卒業者で50パーセント、大卒だと35パーセント。
 折角、いい会社に就職したのに、仕事がいやで直ぐやめてしまう人は、対人関係が弱いか、労働に対する価値観を見いだしていない場合が多々あるように思います。
 確か、聖書の一説〔違っていたらすみません。、〕二人の石切り職人といい小話があります。
 旅人が、ある町を通りかかると、その町では、新しい教会が建設されているところでした。その建設現場では、二人の石切り職人が働いていました。そこで興味を持った旅人は、一人の石切り職人に訪ねてみました。「 あなたは、何をしているのですか。?」すると、その、石切り職人は、不愉快そうに眉間にしわを寄せながらぶっきらぼうにこう答えました。「このいまいましい石を切るために、悪戦苦闘しているのだ。」と
 そこで、旅人は、もう一人の石切り職人に同じことを訪ねてみました。すると、その石切り職人は、表情を輝かせ、生き生きとした声で、こう答えたのです。「ええ、いま、私は、多くの人々の心の安らぎの場となり、皆が楽しく集まれる素晴らしい教会を造っているのです。」と答えましました 。この答えの違いからもわかるとおり、どのような肩書き、資格を持った仕事をしているか。それが、我々の「仕事の価値」を定めるのではありません。
 科学者、弁護士、税理士、地方公務員、自動車メーカーの社員、外食チェーンの社員、職業にはいろいろありますが、そうした職業がすばらしいのではなく、弁護士になってどのようなことをしたいのか。外食チエーンの社員になって、お客様にどのような食事とサービスを提供し、役に立ちたいのか、その仕事の彼方に、何を見つめているか。それが、最も大切なことではないでしょうか。
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Big Rock の話

2007/08/02 20:43
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Big Rock の話 

ある大学で、こんな授業があったという。
「クイズの時間だ。」教授はそう言って大きな壷を取り出し、教壇に置いた。
その壷に、彼は一つ一つ、石を詰めた。壷が一杯になるまで石を詰めて、彼は
学生に聞いた。「この壷は満杯か?」

教室中の学生が、「はい」と答えた。
「本当に?」そう言いながら、教授は教壇の下からバケツ一杯の砂利を取り出
した。そして、砂利を壷の中に流し込み、壷を揺すりながら、石と石との間を
砂利で埋めていく。
そしてもう一度聞いた。「この壷は満杯か?」
学生は、答えられない。一人の学生が「たぶん、違うだろう」と答えた。
教授は「そうだ!」と笑い。今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出し
た。それを石と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。
「この壷はこれで一杯になったのか?」

学生は、声をそろえて「いいや」と応えた。
教授は水差しを取り出し、壷の縁まで並々と水を注いだ。
「僕が何を言いたいか解るだろうか?」
一人の学生が手を上げた。「どんなスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすればいつも予定を詰め込むことが可能だということです。」
「それは違う。」と教授は言った。「重要なポイントはそこには無いんだよ。」「この例が私たちに示してくれている真実は、大きな石を先に入れない限り、それが入る余地は、その後、二度と無いということなんだ。」
「君たちの人生にとって、大きな石とはなんだろうか?」
教授は話し始める。
「それは仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家族であったり、
自分の夢であったり。」
「ここで言う大きな石とは、君たちにとって一番大切なものだ。それを最初に壷の中に入れなさい。さもないと君たちは、それを永遠に失うことになる。もし君
たちが小さな砂利や砂、つまり、自分にとって重要度の低いものから自分の壷を
満たしたならば、君たちの人生は重要でない何かに満たされたものになるだろう。」
「そして、大きな石、つまり自分にとって一番大切なものに割く時間を失い、そ
の結果、それ自体を失いだろう。」

 
 親友である蓑原 俊樹氏からいただい話題
 引用 平成14年9月9日 NHK午前4時 心の時代
 プロジェクト21私学の会 代表 あだちまさかず 「なぜ生きて、なぜ学ぶのか」
 会社がなぜ消滅したか 山一証券役員の背信 の本からとして紹介



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うさぎと亀の教訓に学べ

2007/08/01 07:49
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よく社会の教訓として、「イソップ物語のうさぎとかめ」が取り上げられます。
うさぎさんが、亀さんをからかって、向こうのお山の麓までのかけっこしようと競争に誘い出し、油断してゴール手前で昼寝をしてしまい負けた話ですね。
 この教訓について、私たちは小学校の頃、どんなに才能をもっていても油断すれば着実に一歩づつ努力するものには負ける。コツコツ努力したものが報われると教えられました。

 しかし、この物語りからは、私たちは、違う教訓も学び取らなければなりません。うさぎさんもバカではないので、こういう経験をすると、次からは油断しませんので、亀さんとかけっこする時は、ゴールしてから寝るはずです。
 この「かけっこの競技」は、うさぎさんに「歩みがのろい」とからかわれた亀さんが、カッと頭に血が上り、それなら「向こうのお山の麓までかけくらべ」と応じます。これは亀さんが「アホ」です。からかわれることにより、ついムキになって自分の不得意な「かけっこで」応じてしまったのです。人生も一緒で一回の勝ちが人生を決めるのではなく節目節目で、勝ち続けていくことがと重要です。ですから、勝負はやはり、相手を自分の得意分野にさそいだしやることが重要です。

 では、亀さんが、うさぎさんに必然的に勝つためにはどうすればよかったのでしょう。?みなさんわかりますか。そうです亀はムキにならず、自分の得意分野である泳ぎ、向うのヨロン島まで、泳ぎで勝負しようと応じるべきだったのです。
 
 人生もまたしかり、自分の得意技で勝負することが重要です。そしてそれはそれほど難しくなく、身の回りの気づいたものをストックすることにより、磨かれていくものと思います。
 私の得意技は酒飲みです。〔与論献奉〕万歳 「話題提供ぎえもん」

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旅は熊連れ!!

2007/07/31 07:32
もう10数年前の話になりますが、私の友人からいただいた話です。リクルートブック九州(熊本スペシャル号)に「旅は熊連れ」というキャチフレーズのほのぼのとした人材募集広告がありました。
 この広告主は、現カドリードミニオン(阿蘇熊牧場)である。この会社が阿蘇に熊牧場をつくったときの話です。
 熊牧場の営業マンが、月に一度九州・中国地方の旅行代理店などにを一社、一社まわってPRしていたが、「なにがおもしろくて熊牧場へ行くんだ。」といって旅行代理店の担当者は誰もとりあってくれない。営業マンもうまく熊牧場の魅力を伝えられないで困っていた。彼には悩み眠れない日々が続いた、そして悩み抜いたあげく ハット あることに気づいた。そうだ「子熊をつれていこう!」と。
 実に単純な発想ですが、これが大正解。!!今まで担当者の段階で門前払いだったのですが、子熊を連れていくことによって、旅行代理店の女性職員達が「キャー、キャー かわいい!かわいい!」を連発し近づいてくる。こうなればしめたもので彼は「でしょう でしょう」と相づちをうって、子熊を抱かせてあげる。みんなが集まるから、支店長も席を立って輪の中に加わってくる。
そうなると旅行代理店の担当者はむげに追い払うこともできず、チャンと話しを聞くことになり見事営業に成功したそうであります。
 ただし、!!! この話は簡単そうに見えますが、この戦略には大きな欠点があった。どんなことだと思います。
 そうです。当時(たぶん今でも)子熊連れで泊まれるホテルなんて一軒なく彼は(この発想を思いついたばっかりに)車の中で子熊と一緒に寝泊まりしながら、西日本一帯を営業して回るはめになったとのこと。
 技術やサービス、経営の革新性にばかり目がいきますが、チョットした日頃のアイデアと地道な営業努力とそれをやり通す意志こそが大切ですね。日々の生活もしかり。

「九州いろり塾サイト」
http://www.geocities.jp/yorontakeuchi/

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熱き思いの共有

2007/07/30 07:54
地方主権が叫ばれて久しいが、人口減少時代を迎えて「あきらめ」が先行しているような地域が多いことに驚かされる。
 我々実務家層が既成概念に拘束されたり、あきらめが先行していたりしては、なにも変化は起こせないないでしょう。そういった意味でも地域を動かす原動力は我々一人一人であるという認識をもって行動することが必要ではないかと思います。
 今、地域は、将来に向けて、明確なビジョンを描き確かな戦略を持って「行動」し、「結果で示す」必要に迫られています。そのためには、新たな形でコミュニティーを再生する必要があると思います。従来のコミュニティーは行政的スタイルで構成されていて、住民の参加意識が徐々に低下しています。 しかし、手法を変えれば「サークル」「地域づくりグループ」等の自主的、趣味の延長線上、NPO、リタイヤ組みに活躍の場を提供し、地域づくりの一旦を自主的に担っていく仕組みづくりが可能だと思います。そして「我が燃ゆる思ひにくらぶれば煙りは薄し桜島山」と幕末の志士が詠ったように、熱き思いを持ったリーダーやグループの存在が不可欠であり、こうした人々が活躍できるようチャンス提供する環境を整備してあげることこそ重要と思います。
  所詮、地域に貢献できる人材の育成は国に任せてはならないのであって、地域が学校、行政とタイアップして責任をもって育成して行くことが必要であるというのが私の持論です。
 伝統文化を継続することが、地域に愛着を持つ人間を育て、ふるさとを熱く語れるのだと。それが、長続きする活性化策の第一歩だと思います。今、そういう人たちが出始めている。いや昔から存在していたのであるが、ネットワーク時代になり、そういう地域の活動達の知恵の輪が出来はじめ、顕在化し始めている。地域で活躍するそういう人たちに私は数多く出会いたい。
 「熱き思いの連鎖」×「知の連鎖」×「行動の連鎖」=「地域の活性化」それが私が考えている地域活性化の方程式です。
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